第四次中東戦争以後、イスラエルとアラブ国家との本格的な武力衝突は起きていない。いくつかの理由が挙げられるが、第一に、ナセルの後を引き継いだサダト・エジプト大統領は、反イスラエル路線を転換し、1978年3月に単独で平和条約に調印したためである。かつてアラブの盟主を自認し、中東戦争を先頭で進めたエジプトの離脱は、アラブの連携を崩した。サダトはノーベル平和賞を受賞したが、1981年10月、アラブ主義者によって射殺された。しかし親イスラエル路線は後継者ムバーラクにより現在まで継続されている。
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第二に、1979年にイランで起きたイスラム革命である。イスラム原理主義による国政を目指す勢力が、国王を国外追放して政権を握ってしまったことは、社会の近代化を進めようとするサウジアラビアなどのアラブの王国にとって脅威であった。アラブ諸国は革命が自国に飛び火することを恐れ、イランに対する締め付けを図った。それはイスラム革命の世界的広がりを恐れるソビエト連邦やアメリカ合衆国なども同じであった。1981年、アラブを代表して国境を接するイラクがイランとの全面戦争(イラン・イラク戦争)に突入し、アラブ各国をはじめ、米ソもイラクを支援した。
こうしてイスラエルの敵対勢力は、アラブ国家から非政府運動組織であるパレスチナ解放機構(PLO)などへと移行し、正規軍同士の戦いから対ゲリラ・テロ戦争へと変化していった(中東戦争は終結した訳ではなく戦争の形態が変化しただけとも言える)。